<引用> 読売新聞 編集手帳 2015.7.28 朝刊

スティンソン嬢に捧ぐ

 

歌人の与謝野晶子が自分より一回り以上若い女性に向け、ファンレターのように熱のこもった賛辞を贈ったことがある。相手は1916年に来日した米国の飛行家、キャサリン・スティンソンだ◆<スティンソン嬢に捧ぐ>と題して新聞に寄せた一文が、松村由利子著『与謝野晶子』(中央公論新社)に紹介されている。<自分の家の二階の窓から、居ながらにしてあなたの東京に於ける神変不思議な空中の舞を観ることが出来ました>◆大空にS字を描く。機体を反転させ、急降下する・・・晶子が自宅から目にしたであろう光景は当時、「非日常」そのものだったに違いない◆東京都調布市の住宅街に小型機が墜落した事故から2日たつ。飛行機は今や日常に溶けこんでいる。家にいて巻き添えになった犠牲者は、迫る機体に気づいていただろうか◆太古より人類は鳥に憧れてきた。長い前史を思えば、たかだか1世紀余りに過ぎない有人飛行の歴史は、なお緒に就いた段階にあるとも言えよう。非日常の緊張感を持って点検と操縦にあたる。そんな安全確保の鉄則は晶子の時代と変わるまい。原因究明を待ちたい。 (2015.7.28 小林勝)